ロンググッドバイ
私立探偵呼人の事件簿
2003.7月号
○月×日
人生はチャラ論
明石屋さんまの持論に“人生はチャラ論”がある(くどいな、このしりーず)。
「人間は死ぬ時には、良い事も悪い事も丁度同じだけになるようになっている」らしい。
いい事があると、同じだけ悪い事が起きる、という事なんだろうけど、これは僕の“人生は光と影論”と同じ(ホンマかいな)!
神様は光も影も、平等に作っていて、どっちが良いとか悪いとか、損とか得じゃなくて、二つで一つ。セットになってる事だ。
これは、ぶっちゃけ『浮浪雲』からヒントを得たのだが(笑)、善と悪、生と死、愛と憎、全部二つで一つなのだ。
これを“人生は光と影論”という!
しかし、影の時って、もう二度と光が射さない気がして、とても「光と影は平等」なんて考えられないものだ。そして、光が射したとき、人間って都合良くできていて、影の事をすっかり忘れて生きている。だからなかなか平等だとは思えないんだけど。
でも、“人生はチャラ論”って深いね!!
そして、人生二度目の芝のグランドでのサッカーをした。
しかし、相変わらずのレベルの高さに体力続かず(笑)。だっていきなり40分ハーフ!しかも凄いスピード!
最初はオレもケースケも同時に10分ぐらいで「ギブアップ!」。それでも後半は結構できたけど.....。
しかし、あのレベルでやってるときっと上手くなる!あ〜〜〜上手くなりたい!

↑芝のグランド.....。最高!
携帯のカメラまたまた、イマイチ.....。
○月×日
人生はライブ論
ブレスの連載で、『ライフ・オブ・デビット・ゲイル』を観に行った。
アランパーカー監督、ケヴィン・スペイシー主演の作品。
僕は、人生のベストムービーの一つ『コミットメンツ』を作った、アランパーカーという監督が好きだ。
アランパーカーの作品は社会派と呼ばれ、結構ヘヴィーなモノが多い。だからそう何度も観れるような作風ではないのだが、『ミシシッピーバーニング』は結構繰り返し観てる。後、映像が好き。コントラストがあって、昔のフィルムノワールと言われるような陰影があって、格調が高い。この映像感覚はコッポラにも通じるものがある。
パンフを見たら撮影監督もずっと一緒だったみたい。
最近、人生はその名の通り、“ライブ”だ!って思うようになってて、ライブってその場にいる人しか共有できなくて、その場以外の人には中々伝わらなくて、それって、ある意味自分の人生の中で関わる人とも言える。それで、うまくいく日もあれば、ボロボロの日もあって、同じ曲なのに毎晩表情が違ってて、一つとして同じ顔じゃない。じゃべりが絶好調の日もあれば、すべりまくる日もある。「でもだからライブじゃん」って思うと、生きてる事にもあてはまる。これを『人生はライブ論』という(笑)。今日うまくいかない事があっても「こういうライブの日もある」って思うと気楽になる。
これは、なぎらさんの『60%論』にも近いな。
なぎらさんは、100%でイッパイイッパイの人を見るのが辛いそうだ。「ステージの上ではせいぜい60%で」というのが持論らしい。
何かの間違いで一瞬100%に行くぐらいが丁度いいとも言ってた。牟田君が「僕も最近80%ぐらいでやってるんです」って言ったら「出しすぎ!」って怒られたらしい(笑)。その変わり「60%っていう数字は普段見えないところで120%で練習しないとわからないからな」みたいな事も言ってたみたい。
そういうのって、ある意味なぎらさんの持ってる“江戸っ子”的な“粋”な感性なのかもしれないけど、でもやっぱイッパイイッパイの人って話しかけ辛いもんなー。これも、大事な要素かもしれない。そういえば僕も凄く気にしてイッパイイッパイにならないように気をつけた時期あった。
ミュージシャンなんて曲作りの時、いい曲が出来たら「オレは天才!」って浮かれて、曲が出来なかったら「才能枯れた!」って落ち込んで、の繰り返しだけど、それ自体も“ライブ”って思えばね、「いい曲が出来る日もあれば、そうじゃない日もある」って思えばいいんだけど。なかなかそうはいかない(笑)。
○月×日
芸術は料理論
やっとのこと、『踊る大捜査線2』を観た。
今回は何か、寅さんのようにジワジワ続いて欲しい作品だな〜と思った。「もっと観たい!」って思わせるし、「ずっと続いて欲しい」って見終わった後思う、数少ない作品だ。きっと日活映画全盛の頃の映画って、こういう魅力があったんだろうな。違うのは、あの頃はシリーズものでも、年に何本も撮影されてた事か。
今じゃ考えられないことだけど(現に裕次郎は余りにもの過酷なスケジュールに撮影中に行方をくらましたらしい)、逆を言えば、“やればできる!”って事かもしれない。そして、案外そういう中にこそ、生まれるエネルギーもあるような...。
例えば、今音楽だとアルバムも年に1枚出すか出さないかってところだけど、20年ぐらい前はみんな年に2枚アルバムを出して、間にツアーを平気でやっていたし、ビートルズも初期は年にアルバムやシングルを出しまくっていた。過酷なスケジュールの中でも、ジョンとポールはレコーディング中、スタジオの隅っこで『She loves you』を10分で作ったりしてた訳だ。
たくさん作ればいいって事じゃないけど、モノを生み出す事って、案外そういう環境も時には必要なのかも。
流れ作業的だったあの頃の日活映画は、娯楽映画として今見ても楽しめるし、例えばあれを3年ぐらい掛けて作っても、より良いモノができるとは限らない気がする。
そういう意味でも、ここ最近の僕はモノを作る時、それを料理と考える。
フライパンを熱々にして、具を入れた時、時間を掛けすぎたら焦げるし、予想もつかない展開になった時も、機転を効かせて、一瞬の内にベストな味付けを判断しなければいけない。最初のイメージとは変わったしても、より美味しくなってればそっちの方がいい。とにかく、新鮮な素材を痛めないように、何倍にも見た目も味も美味しくする努力をする。
そう考えると、芸術ほど、それを求める分野はない気もする。
ピカソも、熟考するよりもテンションとスピードを大事にしてたし、作詞家の阿久悠さんも詞を書きはじめて10分たっても、全体像が見えなかったら、すぐゴミ箱に捨ててたらしい。10分で、出てこないような作品が人を動かすとは思えないそうだ。
そういう意味じゃ、阿久悠さんも僕の“芸術は料理論”と同じかも(笑)。
瞬間、瞬間のムードを掴み取って、モノを作っていける内は人の感性は腐らないだろうと思う。
実際は大変だろうけど、僕は昭和30年代の戦後の何もない所からああいう日活映画のような大衆文化を作り上げた人達が羨ましい。どんなテンションで、どんなエネルギーの中で、生み出してたんだろう??
家の田舎の電気屋の建物(もうないかな)、高校生のある日気づいたんだけど、上の方を見たら「〜座」って書いてあって、元は映画館だったみたい。家の町は映画館なんてやっていけるような人口はいなかったから、よっぽど映画産業が盛り上がってたんだろうな。その寂れ具合はまるで『ニューシネマパラダイス』だった。
○月×日
うたの兄さん
西宮のイトコのおばさんがピアノ教室をやっていて、発表会を毎年やってるんだけど(タイトルはずばり“ぶどうの会”!)、今年が30周年という事でお呼ばれして、昨日はその発表会の“特別ゲスト”という事で、参加した。
最後は子供達と『またあえる日まで』をやる事は決まってたんだけど、おばさんから「1曲歌って」と言われ、「でも、子供向けの曲ないし....」と思って断っていたんだけど、せっかく来た事だし、子供向けじゃなくてもいいか!と『あとどれくらい』をピアノ弾き語り。会場にこだまする子供の高い声を聞きながらのスペシャルな『あとどれくらい』だった(笑)。
今回は、オフクロ始め、3姉妹におばあちゃんまで集まって、おばさんの娘2人も会場で手伝いをしてて、「こんな瞬間って、そうはないんだろうな」と思って、この曲をセレクトした。しかし、緊張した(笑)。
さすが、ドラえもん効果!子供達はみんな『またあえる日まで』を知っていて、最後は僕の前に子供達が集まってきて、さながら『お母さんといっしょ』のうたのお兄さんだった(笑)。貴重な体験でした。
一緒に演奏してくれた、辻さん、横田君、お疲れ様でした!
すっかりNHKづいてる毎日。
今夜は、ベトナム戦争のベトナム側とアメリカ側、それぞれの従軍カメラマンの今を撮影した番組。
『地獄の黙示録』や『フルメタル・ジャケット』の世界が、本物として映っていた。死体も、爆弾も勿論、全部本物。両国のカメラマンが、それぞれの使命を受けての撮影。とにかく、“両方とも救われない”。それが結論。
20年経ってやっと、自分の撮影したフィルムを観る事ができた元カメラマン。家族の写真と共にベトナムの少女の写真を飾り、話す途中で嗚咽を上げるカメラマン。3年間、滞在した家族が爆撃によって、みんな死んで、せめてもの償いとして泣きながら死体を映したというベトナムの元カメラマン。アメリカのカメラマンの一人の言葉が印象に残った。「簡単に人が死んで、人形みたいに粉々に吹き飛ぶ姿は、映画を観てるとしか思えない世界だった。それに慣れるしか生きる術はなかった」

↑「あ〜とどれくらい〜」ピアノマンよひ。
ニュー携帯のカメラで映したが、イマイチ.....。

↑宗教ではありません。うたのお兄さん。
○月×日
D・マッカーサー
朝鮮戦争休戦から50年で、NHKで特番をやっていた。
僕はこの戦争の事をあまりにも知らなかった事に驚いた。制作はイギリスだから公平に作られていた。
まず驚いたのは、あの戦争中に首都ソウルが1年に4度も、北、南と主人が替わった事。
僕は、38度線を境に睨み合ってただけなのかと思っていた。ところが、実際はソ連の援助を受けた北朝鮮がソウルを占領して、釜山の近くまでやってきて、一時は壊滅寸前まで来ていた。やがてアメリカが参戦して、押し返し、あのマッカーサーが最高司令官として、やって来たこと。そして、歴史に残る海からの攻撃でソウルを奪還して、今度は平壌を越え、中国国境近くまで、攻めたこと。やがて、マッカーサーは大統領との確執による解任。朝鮮戦争のお陰で、台湾は中国からの攻撃を免れていた事。その後、中国が参戦し、またまたソウルを奪還したこと。そして休戦。
うーん、余りにも知らなすぎる。しかも、学校で習った記憶なんてまったくない。
しかし、もしマッカーサーが解任されてなかったらどうなってんだろう?
そんな中、『マトリックス』を観に行ったら、夏休み混みで観れなくて、『踊る大捜査線』も完売で、こうなったら意地でも何か観ようと思い、『ターミネーター3』というダークホースを観てしまった(笑)。
しかし、これなかなか面白かった。ある意味『2』より好きだった。帰って、NHKの『その時歴史が動いた』を観たら、吉田茂で、マッカーサーがまたまた出てきた。それにしても、あの頃って気骨のある政治家が沢山いたんだな。
そのマッカーサーは吉田茂が招待を出した東京オリンピックの年に亡くなった。戦後パイプをくわえて、占領地日本に降り立ったマッカーサーは、東京オリンピック、高度成長する日本にやって来てたらどんな風に思ってただろう?
そして吉田茂は僕が生まれる前年、亡くなった。どんな政治家だったかはよく分からないけど、晩年の顔は笑顔が似合うえびす顔だった。ああいう笑顔の政治家は最近見ないな。
○月×日
酒飲め!酒飲め!酒を飲んで忘れろ〜!
某駅で待ち合わせて、一緒に店に入ったのだが、『日本フォーク私的全史』によると、なぎらさんは“フォーク界の3大酒豪”の一人らしい(後は、高田渡、友川かずき!)から、飲めないオレも気合いを入れてまず「コロナ!」とビールを注文。
今日はトコトンいくぜ(笑)。しかし程なく足元がふらついてきた。
まずは持参した『日本フォーク私的全史』にサインをしてもらい(笑)、その内容の細かい話を聞いたり、その時代の話、例えば「中津川フォークジャンボリー」みたいな、全国規模のイベントが行われた頃の若者達のムードや、高揚感みたいなもの。リヤカーを引っ張って九州から来た人がいたり、当時のなぎらさんのようにアマチュアが飛び入りして歌ったり、みんなその場に野宿してたり、大討論会が何時間も続いたり、何かとても30年前の話とは思えないほど、みんな血気盛んだった。
でも、なぎらさん曰く「結局、そういうのがファッションだった時代なんだよ」って言ってた。多分その人達も今生まれてれば、ヒップホップなどを聴いて踊っていたということか。
酒が進むにつれ、なぎらさんの舌の調子も絶好調になってきて(笑)、「よし、次いこうか」と2軒目に。
とりとめもなく、次から次へとダラ〜ンと色んな話をして、アッという間に時間が3時ぐらいになってた。
何か酒を飲んでて、色ーんな話をして、余り後で覚えてないような事でも、凄いエネルギーの交換というか、放出をしてる気がする。酒は弱いが(笑)、あんな風に時間を過ごせる大人ってカッコイイと思った。何かね、ジェームス・ブラウンじゃないけど『It's a men's men's world』って感じ。男の世界。孤独者の集まり。
最後の最後、別れ間際、かなりいい感じのなぎらさんが「オレは今回呼んでもらって本当に嬉しかったんだよ」ってぽつり。何か本当にそう思ってくれてるんだなって思って嬉しかった。そして、家についたら着信履歴が入ってて、みたらなぎらさん。留守電を聞いてみたら、もうベロンベロンな声で「今日はありがとう。ま、また飲もう....」と入ってた(笑)。
なぎらさん、こちらこそ、ありがとうございました!
○月×日
『日本フォーク私的全史』
ホントに感動した、GCでのなぎらさん、興奮醒めやらぬうちに、なぎらさんとアルフィーの坂崎さんのイベントライブに行った。場所は江東区森下。なんでもノラクロの街らしい。まったく地理的には分からない場所だったので多少ビビッた(笑)。
ライブでは、フォークの名曲を二人でアドリブ的にやっていくという感じで、だから逆に「なんでこんなに息がピッタリなの?」って思うぐらい、次々と隠れた名曲(もしくは、放送禁止曲)を演奏していた。
そして、帰りになぎらさんの本、『日本フォーク私的全史』他、3冊買って帰った。
『日本フォーク〜』は、大槻君が『リンダリンダラバーソウル』を書くきっかけになった本。家に帰って読み始めると、これが面白くて面白くて!ず〜っと読みふけってしまった。内容は「高石ともや」「加川良」など、一人のアーティストをピックアップしながら、その人達に関係する時代や、ミュージシャンをなぎらさんの視点で書いてる。
中でも「RCサクセション」があったので、真っ先に読んだんだけど、なぎらさんは清志郎さんのお母さんと電話で話した事があるらしい(笑)。そして、その本を読んでると僕が高校生の時、身も心も「RCどっぷり」だったのと同じように、なぎらさんも、「西岡たかし」や「高石ともや」に高校生の時どっぷりハマッて、格好なども真似したり、事務所に出入りしてたりしてた。そういうのが妙に嬉しくて、親近感を持ったし、「そういう気持ちがないとダメだよな!」と自分の行為にも自信をもった!
そういう視点から読むと、いかになぎらさんがそういう音楽にハマッていったのかも、手に取るように分かるし、「高石ともや」「加川良」「西岡たかし」「五つの赤い風船」など、一度も聴いた事がない人達の音楽を聴いてみたくなった。
と、同時に「どうして、こういうほんの一時でも時代を動かした音楽が僕等の耳に入ってこないんだろう?」という疑問に陥った。やはり、友部さんにしても、木村さん、かまやつさん、矢野顕子さん、ミチロウさん、チャボさんにしても清志郎さんにしても“現在”を生きて、“現在”の自分の音楽をやり続けてる人は、多少遠回りをしても僕等の耳に届くのかもしれない。でも、とにかく「今度なぎらさんに逢ったら絶対、この時代の事とか音楽やムードを聞こう」って思っていた矢先、何となぎらさんから電話が。「今日は暇ですか?飲みにいきましょう!」僕は「是非!」と即答。片手に『日本フォーク私的全史』を持って待ち合わせの駅に向かったのであった。
“つづく”
○月×日
4days
怒濤の4日間が過ぎた。
ライブの感想などは会報用に書いて、ネタ切れなので、今回はとにかく一緒に演奏してくれたメンバーにお礼を言いたい。「みんな、ありがとう!」。そして「お疲れさま!」。大変だったけど、楽しかった!よね??
今回はホントにリハが充実してたし、4日間の間に段々みんなが一つになってって、お互いの呼吸を感じながら演奏できるようにまでなれた気がする。そういう意味で、大変だったけど、それは4日間ライブした賜物だと思う。
どんなにリハをしても一回のライブにはかなわないからね。
でも、それはメンバーのみんなの強い意志あっての事で、GCの曲もみんなちゃんとコピーしてきてくれて、無駄な時間もなく、凄い集中力で練習できた。こういう風に練習が充実したのって、学生以来かも(笑)。
2日目のライブが終わって楽屋に戻った時、牟田君が「一曲目からアッキーのギターの音が違ってた。だからオレも燃えた!」みたいな事を言って、アッキーも「牟田さんがリハと全然違うフィルを叩く度に“オォ!”って燃えますよ」って言ってて、“みんながお互いの音を集中して聴きながらやれるまでになってたんだ”と思った(ちなみに僕はその二つとも気づいてなかった《笑》)。サニやんも、ずっと一緒にやってるけど、今回は特に音がキレていたように思った。音がキレイだし、キレていた。
最初の数曲は僕、アッキー、牟田君のトリオでやる予定だったんだけど、すぐサニーに電話して「ゴメン、やっぱサニやん必要!」と懇願したほど、サニーのバンドの中の重要さが改めて分かってしまった(笑)。
アンソニー君はやっぱベース上手い!そしてオジヤも美味い(詳しくはfujiken express参照)!
今回は時間もない中、参加してくれて感謝してます!!
そして、今回更に思ったのが「これからのミュージシャンは歌えなきゃダメだ」って事。
それは、ポールマッカートニーのライブを観ても思ってたんだけど、今回リハの早い段階からみんなで歌ってたのも、今回の一体感に繋がったと思う。最初はよそ行きなコーラスも、いつの間にか“歌”になっていた!
ライブ最終日の打ち上げ、スタッフも殆どいなく(笑)、かなり小じんまりしてたんだけど、逆にメンバーとノンビリ話ができた。そしてみんなでじんわりと余韻に浸って、過ごした。
みんなホンートーにお疲れさまでした!
○月×日
GC vo.04
イベントを続ける、そしてその新鮮さを保つっていうのは、なかなか大変だ。
でも、今回もやってみてホント楽しかった!それに鮮度はまったく落ちなかった。
初日のミチロウさん、二日目のなぎらさんを同じ場所から観ていて、「こんな組み合わせのイベントないな(笑)」と思ってしまったと同時に、「でも、何か“ひとつ”になってるな」とも思った。一客としても凄い楽しんでしまった。
銀杏BOYZのステージ、そう20代の頃僕も経験した“若さ”“勢い”“疾走感”、それに熱狂する若者。そして、その後に出たミチロウさん、20代から50代までのパンクロッカー(あくまでも精神的な意味での)が同じステージで歌ってる。
70年代初頭に産声を上げて、やや遅れて日本に上陸してきたパンクムーブメントも、彼らのステージを観てると、ちゃんとカルチャーになってると思った。でも、銀杏もミチロウさんも元を辿ればフォークだ。とても叙情的だ。
銀杏には“刹那”を感じたし、ミチロウさんには“孤独と闇”を感じた。
大槻君は15年掛かってやっと、話をまともにできるようになったかな(笑)。
デビューは僕の方が早いんだけど、気持ち的には大先輩だったからね。嵐のような銀杏のステージの後、一瞬にしてその場を“大槻ケンジ”の世界に変えたのはさすがだった。それに、一期一会というか、その時その瞬間感じた事をアドリブのように押しすすめるパワーと頭の回転の良さにはビックリした。ぜんぜんリハと違うからね、テンションも曲のサイズも(笑)。
考えてみると、今回のイベントでいわゆるメジャーレコードに所属してるのは僕とスーパーエッグマシーンだけだった。
ホント、そう考えると今の音楽シーンって一体何処へ行くんだろう?って思ってしまった。
素晴らしい音楽と、企業が売ろうとする音楽はそんなに違うものなんだろうか?
大槻君でまたまた盛り上がった後、ミチロウさんがまたまたその場の空気を“遠藤ミチロウ”に変えた!
しかも、変え方が尋常じゃなかった。ただアコースティックギターを持って現れただけなのに....。
選曲も僕の好きな曲ばっかだったし、本当に引き込まれた。
そして、アンコールは全員でスターリンの曲でパンクロッカー!
次の日、銀杏のミネタ君から「アンコールで呼人さん、大槻さん、ミチロウさんと騒いだ事は忘れません。メンバーみんな喜んでました」っていうメールをもらったんだけど、ホントあの最後の饗宴は楽しかった。
二日目、会場に入るとギャルが3人いるではないか(笑)。
前の日がかなり男臭かったので(笑)、同じ会場に女の人がいるとビックリする。それはスーパーエッグマシーンの3人だったんだけど、みんな演奏上手いのでビックリ!しかも話し方がおっとり博多弁(?)で、そのギャップがキャワユイ。
その日、初めてスーパーエッグマシーンの『声がなくなるまで』を一緒にやることになっていたので、キーも違うし、緊張したんだけど、それ以上に緊張したのが、ギャルバンドに囲まれて演奏したことだ。ステージに立ってみて初めてわかった(笑)。
何でもボーカルの藤井さんは長崎でジュンスカを見に来てたらしく、そういう人達とセッションするようになったのかーと、ふと時の流れの早さを感じてしまったぜ.....。同じ会社同士これからもがんばろう!
宮田君も森君も、ジュンスカ解散以来の再会だった。きっかけはこのGCだった訳だから、GCが無かったら一体いつ会ってたんだろう(笑)。そういう意味でもこのイベントをやってて良かったって事だ。
数ヶ月前、打ち合わせがてら、森君とそれぞれのマネージャー4人で食事をしたのだが、僕のリクエストは森君の持ってる“繊細”な部分を聞かせて欲しいって事だった。ジュンスカに入る前、よく森君の家に泊まりに行ってたんだけど、そこで「最近こんな歌作ったんだ」と言ってギター一本で聞かせてくれた曲達のイメージが凄く強くて、それ以来森君も“ギター一本でも歌える曲”をアップテンポにしたり、バラードにするんだ、みたいな事を言ってたように思う。
『雲になりたい』は僕のリクエストだったけど、「一緒に歌おうぜ」と言われ、一瞬緊張してしまったが、一緒に歌う事に。後は森君が普段ライブでやってる曲を中心にピックアップした。宮田君の時もそうだったけど、森君もラママで同じステージに立った時、まるで20才の頃に戻ったかのような錯覚に陥った。気のせいだろうか?恐るべしラママ、マジック(笑)。
そしてトリは、なぎら健壱さん。
恥ずかしながら『よいとまけの唄』では涙腺が緩んでしまった。何だろう?その日はなぎらさんの唄が染みまくった。“男”という生き物のすべてがあのステージに凝縮されていたような気がした。
なぎらさんの一言「人間は死にますが歌は残るんです。だからいい歌を作らないと」にもグッときた。
こんな素晴らしい音楽を、お客はおろか、音楽を生業にしてるこの業界の人達でさえ、恐らくは初めて観たんだろうから、不思議だ。今の日本にはこういう音楽が枯渇してて、でも実は求められてるんじゃないだろうか?
打ち上げで、なぎらさんが「『ヘイ、ジョー』聴いたよ。あれはここ数年で一番の名曲。ああいう詞をこれからの日本人は書いていかないと日本の音楽はダメになる。もう、何度も聴いたよ」と絶賛してくれて、嬉しいやら、恥ずかしいやら、だった。
でも、そんな真面目な話もしたが、気づいたらスーパーエッグマシーンの3人に囲まれていて、遠くからみたら「ここは銀座か赤坂か?」っていう雰囲気だった(笑)。いい感じで酔っぱらってました。
とにかく、今回も出てくれたみなさんに感謝!です。お疲れさまでしたー!!
○月×日
GC前夜
ぶっちゃけ。
今までのGCの中で一番リハの調子よかったし、充実してたぞ!
いつもは大体、前日でも不安材料いっぱいあるんだけど、今回はもう全曲体に入ってる!
リハもみんな凄い集中してて、しかも楽しかった。
あとはもう楽しむだけだ!イェーイ。
今日はリハ最終日だったんだけど、みんなもきっと楽しみに違いない。
昨日の夜は、銀杏の峰田くんと二人で晩飯を食べに行った。
色んな話をして楽しかったな。そう、そうやって段々GCの雰囲気が盛り上がってくる。
ミチロウさん、なぎらさん、大槻君、森君、一人ずつリハに現れてくる度に盛り上がってくる。
今までは、盛り上がるんだけど、余裕があまりなかった。今回は違うぜベイベー。
さ、早く寝よ!