ロンググッドバイ
私立探偵呼人の事件簿
2004.1月号
○月×日
ヒデ君
ロスでコーディネーターとして御世話になったヒデ君が日本に帰ってきて連絡くれたので、スタッフ集まって食事をした。
何だか、日本で会うと不思議な感じがした(笑)。
彼は、ロスで映画の勉強をしながら、バイトでコーディネーターのアシスタントをしている。
時差もあるし、いっこうに景色の変わらない長い移動もあって、僕等は殆ど寝てたり、ボーっとしてたんだけど、彼は一人で毎日がんばって運転してくれた。その姿がかなり印象的で、食事の時に少しずつ色んな話をするようになって、帰りに「日本に帰ったら会おう」って約束したのだ。
ロスで映画の勉強.....。そんな事、僕が学生の頃、頭にまったく浮かばなかったなー。
ハリウッド映画、っていうか映画は観るもの!って決めつけてたのかな。
しかし、ロスの街中の看板に書いてあった「SAMURAI」の文字、アカデミー外国映画賞にノミネートされた「たそがれ清衛兵」(!)、「キル・ビル」、ソフィア・コッポラの「ロスト・イン・トランスレーション」など、日本とハリウッドはとても近くなってる。
ヒデ君、期待してるよ!
そして、僕としては見終わったばかりの『24時間』の続編について、ヒデ君に聞いてみたんだけど、彼は見てなかった(笑)。
しかし、デザイナーの藤川さんも観たらしく、二人で超盛り上がってたら、みんなも観たくなったみたい。
そうなんだよねー。ぞ、続編があるらしいんだよねー!
最終回みたら、続編の予告が。すっかり向こうの術中にはまってるな(笑)。
ヒデ君、僕のホームページを観て、手塚治虫の『MW』を日本で買って、そっちで読むんだよね?
是非、感想を教えてね。
○月×日
『ミスティックリバー』
クリントイーストウッド監督の『ミスティックリバー』を観にいった。
イーストウッドが、出演なしのいわゆる監督業だけの作品を最初に観たのはチャーリーパーカーを題材にした『バード』だった。
しかし、印象はとても暗かった。内容も映像も、テンポも、当時の僕にはちょっと理解できないものがあった。
イーストウッドの映画そのものが、映像が暗いというか、重厚な感じではあるけど、それでも彼が出演してるものはやはり華があって、バランスが取れてる気がする。『許されざる者』も、『トルークライム』も、内容は暗いけど、彼が出てる分、少し楽に観れる。
しかし、観る前から“重い”と言われた、監督専念作品の『真夜中のサバナ』は観てない。
そして、今回。
『ミスティックリバー』は何と言っても、大好きなショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケビン・ベーコンが主演。
そして、監督がイーストウッドとなると、観ない訳にはいかない(笑)。
しかし、結果は.....やはり“重く”“暗い”作品だった。
人間像への説明が少なく、でもこれはわざとそうしてるんだろうけど、終わった後も「何で?」って思ってしまった。でも、もう一度観ればもっと違う見方をできる気はした。帰りに買ったパンフにショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケビン・ベーコンの三人は、撮影前に何度も集まり、それぞれの人間像について、意見を交わし合い、キャラクターを練ったそうだ。だから、言葉による説明よりも、演技で説明したかったのだろう。
ここは、僕の理解力が足らなかったのか、アメリカ人じゃないと理解しずらいのか、わからないけど。
でも、イーストウッドの本質は最もこういう監督専念作品に出てるのかもしれない。
人間の最も深層の部分を静かにえぐっていく。今年73歳(たしか)のイーストウッドが描きたいのは、もうそういう境地なんだろう。
『24時間』はもう夜の10時まできた。あー、もうすぐ終わってしまう...。寂しい。
○月×日
グランマ
“チャララララララ〜”
これは、チャルメラの曲ではない。そうゴッドファーザーのテーマだ(どこが??)。
今日は孫が大勢集まって来たのだが、その孫達の子供も大勢来て、凄い数になって、その頂点いる僕のおばあちゃんは、マーロンブランドならぬ、ゴッドグランドマザーという感じ(笑)。「こうやって子孫って増えていくんだ〜」って思ったな。
この日は、白川和子(僕はイクコおばさんと呼んでるが)さん夫婦と、娘のマキちゃんにも久しぶりに会えた。
イクコおばさんは最近僕が気に入ってる、トヨタホームのCMに出てる。寺田農の奥さん役で。そして、4月からは美輪明宏の舞台にも出るんだって!絶対見に行こう。そう、こうやってしばらく会ってない人達とも会えるのも、おばあちゃんのパワーだよなー。さすがグランマ!
僕は子供にも人見知りしてしまうのだが(笑)、今日はマキちゃんの子供を抱っこさせてもらった。
しかし、落っことしそうで怖かった。しかし、子供に人見知りはダメだろ(笑)。治さなきゃ。
そして、みんなでおばあちゃんの少し遅れの94歳の誕生日も祝った。
まだまだ元気で嬉しいね。
昨日、京都の街を歩いて、知恩院とか歩いて、建物や文化に比べると人間の一生ってアッという間なんだなーって思った。
おばあちゃんが生まれた94年前にも、寺田屋も知恩院も、平安神宮もあったんだもんね。
修学旅行で行った清水寺も、二条城も、今も変わらず修学旅行生を受け入れて、でも人はどんどん老いていく。
でも、新しい命も次々と誕生して、こうやって集まりに参加してくる訳だから、悲観的なことじゃないんだろうけど。
最後におばあちゃんがスピーチしてる横で、チサちゃんの息子の2歳のコウタロウが、面白がって、おばあちゃんと同じ格好をして立って並んでる姿とか、結構ジ〜ンと来た(笑)。2歳と94歳の並んでる図。う〜ん、楽しい集まりだった。
おばあちゃん、おじいちゃんの金婚式の時に、有馬温泉に集まったのが、僕が小学6年生の頃。
あの時、温泉も珍しいし、初めての場所っていうのもあって、1日がとても長かったのを覚えてるんだけど、あの後、おばあちゃんの88歳の米寿の祝いを僕が幹事をして、再び有馬温泉を予約して孫で集まったんだけど、あの時はあっとう間に時間が過ぎて「もっと色んな企画を考えて、早めに集合すればよかった」って少し悔やんだんだけど、考えてみれば、最初の有馬温泉なんて夜集合だった。だからやっぱ、歳取ると時間経つのが早いんだね(笑)。
今日もやっぱし、早かった。でも子供達にとっては長い1日だったんだろうなー。
↑西宮のコルリオーネ一族(笑)。
↑リナちゃん手作りのバースデーケーキ。美味かった!
○月×日
京都紀行
明日イトコが西宮に集まるので、前のりしてお袋と京都に来た。
つまり、親孝行!凄い。エライ。
お袋とメールでやりとりしてて京都にいく事にして、宿は任せたのだが、ルンルンな文章で「ユースホステルとれたよ!」と返ってきた。「ユ、ユース。こ、この歳で。あ、相部屋...」と、一瞬たじろいだが、こういう経験もそうはできないと思い、承諾(笑)。
っていうか、かーちゃんのその学生的感覚に、ビビると同時に感服した(笑)。「あっぱれ、かーちゃん!」。
京都で待ち合わせ、まずはいつものラーメン屋へ直行(笑)。
お袋は学生時代で京都で過ごしたそうだが、どうもこのラーメン屋に来た事あるみたい。
「肉抜きのラーメン頼んでる親子の姿が忘れられないのよ」って言ってて、メニューみたら確かに「肉抜き」もあった!
↑ラーメンをパシャ。
その後、僕のリクエストで伏見の寺田屋へGO!
そう、あの坂本龍馬の定宿で、奥さんのおりょうと会った場所。あの寺田屋が当時のまま残ってるのだ!
実際行ってみると、感動したね。「ここに泊まってたのか!」とか「おりょうはこの風呂場から裸で駆け上がってきて、龍馬達に知らせたのか!」と、『龍馬がゆく』のシーンを実際この目で体験できる訳だから。伏見自体も、昔から酒屋で有名らしく、黄桜と月桂冠が寺田屋のすぐ近くにあった。
↑伏見の町並み。
そういう、昔ながらの商家もたくさんあり、風情もあった。
でも、やっぱ寺田屋だ。
寺田屋の前に船着き場の跡もあり、ここから龍馬も船に乗って大阪とか行ったのかな〜としみじみしてしまった。
龍馬達が、襲われて、ピストルを撃って、逃げたシーンを想像しながら、しばらく寺田屋にいた。
↑寺田屋の前にて。
↑寺田屋の中、風情あるよねー。
↑こんな札も(笑)。
↑何とおりょうが入っていた(勿論龍馬も)風呂もそのまま!
その後、ユースホステルにチェックイン。
やはり、8人ぐらいの相部屋(笑)。
しかし、ここは何と20年前にケースケと来た事があるユースだった!さすがに全然覚えてなかったけど。
すぐケースケにメールで知らせた。「まさかこの歳になって再訪するとは...」と(笑)。
で、その後お袋がよく通ってた喫茶店にいく。ここは京大の前にある喫茶店で、お袋は30年以上振りに来たらしいが(笑)、全然変わってないみたい。雰囲気も凄くよくて、店にいる人達が学生か先生って感じ。こういう店は東京にはないなー。ここはまた来たい!
↑進々堂前にて。最高!
ユースに戻って食事。
当然、食堂で集まってみんなで。
早速となりに座った女の子にお袋が話しかける(笑)。そして「この後、お茶飲みに行かない?」とその子を誘って3人で河原町にある、創業昭和9年の「フランソワ」という店までいく(笑)。しかし、この他人に声を掛けて、誘うフットワーク、恐るべし(笑)。
こういう感じで、そういえば昔、家に突然オーストラリアやドイツ人の人達がやってきて、「この間ね、電車で声掛けたのよ」と平然と家に色んな人を呼んでたなー。その感覚は健在だった(笑)!なるほど、旅は道連れ。その女の子のお母さんは僕が去年行った石垣島の民宿に25年前に泊まった事があるらしく、そういう偶然もあった。しかし、相部屋といい、知らない人とお茶をしたり.......いい経験になりました(笑)。
↑おまけ。小学生の修学旅行で泊まった『いろは旅館』を偶然見つけた!
○月×日
『lucky raccoon』
先日、ライターの森田恭子さんが作った『lucky raccoon』という雑誌のインタビューを受けた。
何から何まで、森田さんがやってて、集合時間に行ったらカメラマンもいない、編集者もいない、森田さん一人が立っている(笑)。そして「撮影からしましょう」と言って、森田さんのデジカメで撮影。凄い、本当に一人だ!
取材の数日後、バックナンバーを送ってもらってみたけど、とてもいい感じの雑誌だった。
なんていうか、作り手の主張が感じられる、いい意味でパーソナルな雑誌。
今は、どの音楽雑誌を見ても似たり寄ったりで(っていうか殆ど読んでないけど)、音楽雑誌に“夢”を感じない体質になってたんだけど、久々に読み応えのある本だったなー。昔の『宝島』や『ロッキンオン』とか、主張あったもん。
音楽でも、大手のレコード会社で大規模な予算でレコーディングする時代から、自宅で作る人増えたし、しかも自分で販売する人もいるし、森田さんがやってることは実に健全な事のような気がする。あの『ローリングストーン誌』もこういうムードの中から生まれたと思うし。
それにしても、森田さんとは軽く15年の付き合いになる(笑)。
TVKの番組を森田さんがしてる時に、ジュンスカの河口湖の合宿所に来て、1泊だか、2泊だかして、結構密着撮影したんだよね。
何故かその時の未編集ビデオが家にあって、何故か時々見てしまう(笑)。
小林君の“寝起き”を襲う企画もあったぞ!
でも、あの頃って右も左も分からず、バンドの中でも一番内気な時期だったので、あまり会話をした記憶がない。でもビデオを観ると、ヨヒ大ハシャギしてる(笑)。やはりカメラが廻ると一生懸命がんばってたんだなー。かなり恥ずかしい。
それから、バンドブームで雑誌も多かったので、毎月のように会ってて、森田さんは気心しれた人だったので、何度か飲みに行ったりして、自分の新曲や、ミスチルのテープを渡したりしてた。ソロになってからは会う機会もなくなってたけど、「こうしてお互い仕事を続けてるから、またこうして再会したりするんだろうね」っていう話をこの間した。
僕たち“勢い”だけじゃ、もう仕事ができる年齢じゃなくなってるかもしれないけど、きっとこれからが本当に仕事が面白くなってくるような気がする。多分。なので、森田さんにはこの雑誌をがんばって続けてってもらいたいな。
http://www.luckyraccoon.com/
○月×日
模様替え
『24時間』も、もう午後3時まで来て益々大変(笑)。
レコーディングもやっと落ち着いてきて、この間は、石田君と飲みにいった。
石田君と二人だけで飲んだのって、どうやら6年振りみたい(笑)。
月日の経つのは早いねー。いつも家でのパーティーに来てもらってんだけど、二人で話とかしてなかったからな。
初めて石田君とラジオで会って、お互い広島出身って事で、その後カープの試合を見に行って、『陽のあたる場所』のコーラスとかやってもらって、彼がカレイドスコープを始めてからは、しばらく疎遠だったけど、GCをきっかけにまた会うようになったんだよね。
最初に会った時の僕の年齢を超えてるって聞いた時はビックリしたなー。だってあの頃石田君23ぐらいだったもん!
音楽をお互い続けてるから、こうやってまた会えたりするんだろうか?どっちかが辞めたら会う機会ももっと減るんだろうし。
今スタジオの改造を始めていて、大変だけど楽しみ!
この際、模様替えもして、配置も変えてリフレッシュしたい。
30年ぐらい前の機材を復旧させてる途中なんだけど、どんな音がするんだろう。そしてこれでレコーディングされていくサウンドはどんな感じだろう?このスタジオに来てくれる昔のミュージシャンの一人が「この頃の機材からいまのSSL(機材の名前)に変わった時に音があまりにもツルツルしてガックリきた」って言っていて、僕等が聴き馴染んだ名盤の数々もこうした機材から生まれてきた。こういう昔の意匠を感じさせる機材と、デジタルの融通さがミックスされた、“オンリーワン”のプライベートスタジオが、これからのミュージシャンが持つべきものなのかもしれない。
とはいえ、この間雑誌でボニーピンクさんがインタビューで、「トーレ・ヨハンセンのスタジオに行ったら昔はあんなにアナログ一辺倒だったのに、今は完璧なデジタル信奉者になってた」って言ってて(笑)、やはりヴィンテージカーを所有するのと同じで維持が大変なんだろう。
レニークラヴィッツも今はデジタルだしな。
でも、自分だけの音、このスタジオだけの音、みたいなのってその人やスタジオのアイデンテティーだからね。
これからもそういう地味なマイナーチェンジをやっていくぞ(笑)。
○月×日
寅さん
小林君に、新年会の時にNHKで数年前にやった、渥美清の最後の『寅さん』の撮影時のドキュメント番組のビデオを貸してもらった。
放送は渥美清の死後だったから、追悼番組っぽく色んな人が彼について話してた。
それにしても、最後の撮影は壮絶だったんだなっていうのが、よくわかった。
あまりにもの、肝臓ガンのつらさで、ロケを見に来た人達に手も振れない。なのに無視された人達から「愛想ないね」と言われてしまう。その後のインタビューで「スーパーマンの撮影中にロケに来た子供達が、“スーパーマン飛んで”って言うんだよね。でもスーパーマンは飛べない、でも飛んでないとダメなんだね。寅さんもいつも、みんなにニコニコ、手を振ってないとダメなんだね」って言ってたのが、切なかった。
先日、ライターの森田恭子さんと話してて、「ロマンチックって何?」って言う話になって、真っ先に寅さんが頭に浮かんだもんな。
それにしても、渥美清は生き方が美しいと思った。
「サラリーマンやってても何もできない男が、役者だったら何か人を喜ばせることができるって感じで、この仕事に選ばれたんでしょうね」って言ってる慎ましさが、なんとも美しい感じがしたし、こういう慎ましさがないと、何をやっても長続きしない気もする。
あ〜何だか、また寅さん最初から見たくなってきた!
○月×日
『24時間』
最近『24時間』っていう、DVDにはまってる。
向こうのテレビシリーズだと思うんだけど、いや〜面白い(笑)。
これは『ツインピークス』『Xファイル』『ER』の流れだけど、でも他と違うのは時間がリアルタイムで進行していく事。
24時間だから、きっと24話あるのかな?まだ9時間分しか観てないから、「今まででこんなに凄い展開なのに、この先一体どうなるの?」って感じ。ヤバイヤバイ、見事に制作者の罠にはまってしまった(笑)。
主演はキファーサザーランド。
『マッシュ』とか最近では、『スペースカウボーイ』に出てる、ドナルドサザーランドの息子だ。
この人、確か『スタンドバイミー』のむかつくヤンキー役だったような.....。
舞台もロスなので、最近行ったばかりの僕は親しみもわく。
年始めは家で新年会をやった。
今回は、桜井も来てくれて、ゆずの二人と、プチGCになった(笑)。
大勢来てくれて盛り上がったのだが、途中で小林君がいない事に気づいたんだけど、俺の部屋で寝てたみたい(笑)。
最近、酔っぱらうとすぐ寝ちゃうんだって!まったく、もう.....。
でも、こうして大勢で集まれるって楽しいね。なんだかいっぱい笑ったな〜。
大河ドラマで『新撰組』が始まったみたいだけど、近藤や、土方って坂本龍馬と殆ど歳が同じだったんだね〜。
イメージとしては、もっと大人なのかと思ってたのに。
ホントあの頃の日本って、20代、30代の男達が変えていってたんだな。
でも、なぎらさん曰く江戸っ子は、維新後、ずかずか江戸にやってきた長州や薩摩の侍を嫌ってたらしく、今ヤンキーが警察の事を「マッポ」と呼んでるけど、あの語源は、当時、明治政府の警察は殆ど薩摩人だったことから、憎しみを込めて「薩摩っぽ」と呼んでて、それが「マッポ」になったらしい。
庶民からみれば、「20代、30代の男達が明治政府を作った」なんて感覚はなかったのかもしれない。
そういえば、『たそがれ清衛兵』も、その当時の庶民の話だったな。
さ、『24時間』。早く続きを観たいって気持ちもありつつ、見終わったら寂しいなっていう気持ちもある。
でも、早く観た〜い。
○月×日
あけおめ!
いや〜、アッという間に2004年だぁ!
大晦日は、ここんとこ毎年家で紅白とか見ながら過ごしてるなー。
今回はゆずも出たし、でも曙、ボブサップもあったし、チャンネルガチャガチャだった(笑)。
30日までバタバタしてたから、大晦日は掃除三昧だった。これが結構大変で、部屋ってアッという間にいらないモノが溜まるんだって事がよく分かった。それでも、8時ぐらいには終わって、ゆっくりテレビを観れた。それにしても、ひいき目なしで、ゆずの出方は良かった!
全部を見た訳じゃないけど、見てて一番気持ちヨカッタなー。それにしても、初めてゆずを見たあの場所で、数年後紅白の中継をするなんて夢にも思わなかった(笑)。あの4、5人しかいなかった場所が。
元旦は、神田明神に初詣に行った。
ここは、初めて来たけど、平将門を奉ってるんだよね。平将門といえば小学2年と時観たNHK大河ドラマ、『風と雲と虹と』だな。
加藤剛が平将門で、藤原スミトモを緒方拳がやったんだよね。
そして、今日は『ラストサムライ』を観に行った。
う〜ん、外国人に日本人の誇りを教えられた映画だった。この映画は『ダンス・ウィズ・ウルヴス』でもあり、『ラスト・モヒカン』でもあり、『地獄の黙示録』でもあった気がする。『地獄の黙示録』のマーロン・ブランドがやった大佐の名前はカーツ。渡辺謙の役は“勝元”。“カーツ”と“カツモト”、関係ないかな? 僕は関係あると思うんだけど。“サムライ”というものを、『ダンス・ウィズ・ウルヴス』や『ラスト・モヒカン』のインディアン、『地獄の黙示録』の原住民に見立ててる感じで、多少の脚色はあったけど、でもそういうのを度外視しても、いや逆に外国人が作ったからこそ、分かりやすい“武士道”精神を描けたと思うし、素直に日本人の誇りとか、情けとか、仁というものを、感じさせてくれた映画だった。
さて、もう少し正月はのんびり過ごすぞ!
明日は箱根駅みなきゃ!