ロンググッドバイ
私立探偵呼人の事件簿
2005.2月号
○月×日
アロハ〜最終章〜
最後の日、オアフに戻ってくる。
同じ、ハワイ諸島でも、気候も、雰囲気も違うもんだなと思う。
ハワイ島諸島は、ハワイ島から順に新しいので、オアフなんて、もう随分昔の火山島だから、溶岩も随分底に埋もれているんだろう。
気候もカラッとしてる感じがした。
オアフはオアフでやっぱいい。「青空!」って感じ。
次の日帰国するので、ホテルについてすぐ荷造り。
そして、北川君の知り合いの家に招待されて、一緒に夕食。
今回は、ずっと大勢人がいた旅だった。
それが新鮮だったな。
高台から遠くに見える海を見ながら「あ〜、もう明日帰るのか...」と少しセンチな気持ちになった。
子供の頃にはこんな気持ちによくなったものだが、大人になってからは殆どない。それくらい、今回の旅は楽しかったんだな。
さてさて、明日は寺田だぁ〜。
○月×日
アロハ〜その5〜
今日は、休みの日にして、一日中寝る事にした。
北川君とは、7時集合にしてあとは自由行動。結局、目が覚めたら昼の12時(笑)。10時間ぐらい寝てた。
後で聞いたら、北川君もそれぐらい寝てたみたいで「これって、あの火山の力かな」と言い合っていた。
火山が、体の毒を一気に抜いて、僕等をこんなに眠らせたのか?と思うほど寝まくったからね。
起きて、シャワーも浴びず、そのままプールサイドへ行って、本を読んだりしてたら、またまた寝てしまう(笑)。
結局、集合時間ギリギリまで寝てたな〜。
そして、ハワイ島最後の夜もダウンタウンへ出掛けて行って、ステーキ屋へ。
日曜日って事もあり、随分待たされたけど、“島時間”っていうのかな?全然気にならないんだよね、もうそういうのが(笑)。

↑順番を待つ間も気持ちのいい風が吹く。
食べ終わって、近くにあるバーに行って、お茶をする。
その後、店の人にタクシーを呼んでもらったんだけど「20分後」って言われ、店の外で待っていたら、結局来たのは1時間以上も後。前日のガイドさんが「コナへ食べに行ってもいいけど、タクシー大変ですよ」と言ってた意味がやっと分かった(笑)。
待ってる間、1台もタクシー通らなかったもんね!やっぱ、ローカルなんだよね。
でも、待ってる間も、海岸沿いの岸壁にボーッと座っていて、それも気持ち良く、またまた気にならなかった。
恐ろるべし“島時間”(笑)。東京じゃありえないもんな、こんな時間の使い方。
しかし、ハワイ諸島なんて、どこも同じと思っていたけど、大間違い!
天候も違うし、わずかだけど湿度も違う。ハワイ島では、コナとヒロでも全然天気が違って、ヒロでは殆ど毎日雨だそうだ。
このローカルなハワイも病みつきになりそう。実際、アメリカ人に一番人気あるのは、マウイで2番目がハワイ島、オワフは4番目だとガイドさんは言ってた。道理でワイキキは日本人だらけな訳だ。だって、年間の旅行者はアメリカの方が3倍も多いみたいだから。
ともかくこうして、最後のハワイ島の夜は終わった。
本当に名残惜しい気持ちになった夜だった。
○月×日
アロハ〜その4〜
今日はみんなで、ボルケーノ、つまり火山ツアーに出掛けた。
ハワイ島は、火山もあれば、富士山より高い雪山もある、もう自然そのままの島。
まず、空港を降りた瞬間ビックリする。ホテルに向かう車から、いきなり溶岩だらけ!そして、どこもかしこも溶岩、溶岩...。
そしていまだに火山活動してる島なのだ。
「ハワイ島は地球のおへそ」って話を聞いた事があって、もの凄いエネルギーを出していて、滞在するだけで元気になると言われている。
しかし、夕べのホテルではそんな感じはしなかった。むしろ「寂しいな〜」って感じ(笑)。
ホテルに今日のガイドをしてくれる人が朝10時に来てくれて、いざ出発。
さっそく名産品「コナコーヒー」のコーヒー園に行って、ガイドさん曰く「もうここでしか買えない、日本では手に入らない美味しいコナコーヒー」と説明されたコーヒーをみんなで買う。試飲も出来て、確かに美味しかった。
そして、ここハワイ島も日系の人達が多い。至る所に「KIMURA」とか「FUJIMOTO」とか日本語のお店がある。
ハワイ州全体の人口の中で、日系の人達が2番目に多いらしい。ちなみに1番はアメリカ人。何とハワイアンは全体の1%にも満たないみたい。
そして、その後、念願の海ガメに会えるかもしれない黒砂海岸へ!
僕はその昔、高知だか徳島の海ガメにやってくる海岸へ旅行したくてしょうがなかった思い出がある。その頓挫した夢をここで果たすぞ〜!しかし、ガイドさん曰く「今日は亀がいる確率は半々ですね」。ガクッ。どうやら潮の満ち引き、時間帯によって、亀たちには会えないそうだ。
しかも、会えない客も結構いるらしい...。北川君も亀に相当会いたがっている。一同息を飲んで海岸へ。
海岸に着いて、車はゆっくりと砂浜を走る。そこで僕が叫んだ「いた!」。
そう、海岸に2匹。そのうち1匹が海へ戻る所だった!一同大感動!

↑海ガメの後ろからパチリ。法律で4m以内に行ってはいけないみたい。
太古の昔からいただろう、その風貌。生まれた砂浜に必ず戻ってきて産卵するその神秘!いや〜本当に感動した。
しかし、この感動はホンの序章でしかなかった....。つづく(笑)。
黒砂海岸を離れ、一同はキラウェア火山の火口付近まで一気に登ってゆく。海抜0メートルから1200メートルまで、約10数分!
そこから見える、大きな火口も圧巻だった。そして、約100年前にここへあの「トムソーヤ」の作者、マークトェインが訪れていた。彼が泊まったというコテージも、残っている。そこから、火山の観測所へ移動。火山のしくみや、写真を見てまわる。
ちなみに、火山には「ペレ」という神様がいるみたいで、そういえば昔出雲大社からみた山の雰囲気にも似てる。
神話の宿る、山々だ。
そして、本日のメインイベント、赤い溶岩を見に、海岸線へ。
火口からまたまた、海抜0メートル付近まで一気に降りて、そこから歩いて往復2時間の徒歩。なんでかっていうと、溶岩で道が塞がれてしまってるから(笑)。もうこの辺りからの溶岩の様相はもう圧倒的!北川君と「よくもこれだけの量が地球から出て、そんで今も出続けるね!」とため息。

↑溶岩に潰された一般道にて。
考えてみると、溶岩は地球の血液、もしくは体液なのだ。
その上を直に僕等は歩いてる。そして段々赤い溶岩に近づくにつれ、体が温かくなってくる。
この暖かさは、今までに経験したことのないような体感温度だ。
そして、しばらく歩くと、黒い溶岩の裂け目に赤い溶岩がうっすらと流れる場所や、海へドロドロ流れ出す場所へやってきた。
休憩がてら、そこへ座っていたのだが、もうホント何時間いても、飽きないというか「ここにずっといたい」って思うような気持ちになった。そして、赤い溶岩、温度、景色に包まれているうちに、段々切ない気持ちにもなった。
こんなにがんばって、血液や体液を流しながら、地球は生きてる。そしてその溶岩の上をやがて、草が生え、土に埋もれ、水が流れ、僕等を生かしてくれてる。その懸命な姿に胸を打たれてくる。
そして「何もいらないね」って思っちゃう。生きてるだけで、生かされてるだけで何て幸せなんだろうと。
こんな地球を守らないと、僕等は後生に残る罪人だね。
ハワイ島は、地球の「へそ」かもしれないけど、もう一度僕等を「地球誕生」の過去へ連れていってくれる場所だった。
そして、地球と人っていうのを考えさせてくれた。こんなプリミティブな場所が地球にあるんだね。ホント来て良かった。
あと、エネルギーも凄いもらった気がする!
そして、溶岩を離れ、一路ホテルへ。
結局、出発から戻ってくるまで、全部で10時間の長旅だった。
今日は、人里離れたホテルを離れ、みんなでコナの街へ行って、晩ご飯。
何か、江ノ島とか逗子みたいな、ローカルな感じがとても親しみやすくて、益々気に入った。初日に感じた寂しさは一気に消え、もうスッカリハワイ島に惚れ込んでいた(笑)。そして、今日もビールでほろ酔い〜。波打ち際に店があって、ロケーションは最高!
あっという間に、2日目は終わっていった。

↑毎食後食べてしまうデザート(笑)。別腹、別腹(は〜と)。
○月×日
アロハ〜その3〜
オリジナルツアーを終え、早朝起きて、何と僕はオアフを離れ、初のハワイ島へ!
そして、なんとハワイ島で北川君とマネージャーの山岸君と合流!
初日、僕の方が早く着いたので、チェックインしてすぐプールへ行って、爆睡。
とういうのも、前日遅くまでスタッフと飲んでて、興奮してあまり寝られず(笑)、殆ど徹夜のまま、ハワイ島に来たので、飛行機の中も爆睡だったし、空港からホテルの間も爆睡だった。なので、プールサイドのチェアーに寝転がった瞬間、記憶をなくす....。
結局、夕方までプールサイドで寝て、17時ぐらいに北川君達が来ることになっていたので、ロビーへ行って待っていた。
しかし、待てど暮らせど彼らは来ない。そして、1時間半程経った頃、やっと登場。
何でも、飛行機が遅れたり、荷物が来なかったりと、かなり大変な目にあったみたい...。
そして、少し時間を空けてレストランに集合。
「なんかここで逢うって不思議な感じがするね〜」とシミジミ語りながら、食事。
その後、プールサイドのバーに行って、酒を飲む。そうそう、こっちに来て毎日飲んでるな〜。土地のパワーって凄いね。
このホテルは、街から離れた所にある、いわゆるリゾートホテルなので、まわりには何もなく、おまけにレストランもバーも早く閉まってしまう。残ったビールを持って、プールサイドに座って、夜中まで飲んだ。月明かりが異様に明るく(もしかしたらこれが本来の明るさかもしれないけど)、月明かりのしたで、宴は続いた。
ハワイ島初日。
ホノルルの印象が余りにも良かったので、この閉鎖的な人里離れたホテルの雰囲気にイマイチ馴染めないまま過ぎていった。

↑南の島にて再会。真夜中のプールサイドで乾杯!
○月×日
アロハ〜その2〜
昨日は、呼人オリジナルツアー(?)で、オアフを一周。
「恥ずかしいなら、いっそのこと徹底的にやらねば」と思い、バスに乗り込む前に「アロハ」と「麦わら帽」を購入(笑)。
そして、いよいよバスツア〜。
ガイドといっても全然、オアフ知らない(笑)。でも、以前行った時に美味しかった、シュリンプ屋とか、ベーカリー屋などを廻った。そして、ダイヤモンドヘッド!僕は基本的に観光はしない派なので、こういう機会でもない限り、ダイヤモンドヘッドには登らないと思い、ダイヤモンドヘッド登山を敢行!しかし、マジできつかった〜。あれはチョットした山登り。あんなにきついとは。
でも登った時の爽快感と景色は最高だった。
沖の方で、ウィンドーサーフィンやってる人がいて、気持ち良さそうだったな〜。
またまたやりたくなった。
最後に記念撮影をして、いよいよハワイでライブ(笑)。
しかも、場所はモアナサーフライダー!ワキキで一番古い、1901年あたりに建てられた、由緒正しきホテル。
そんな、場所でやっていいのだろうか?という感じだったが、結果的にはいい雰囲気でやれたと思う。
今回のミーティングは、結局、12時間もの長丁場になった〜。凄いボリューム。
いや〜とにかく、ダイヤモンドヘッドでその日は終了してましたね(笑)。
終わって、今回お世話になった日本旅行の佐藤、遠藤さんと、ホリさん達と打ち上げがてら飲んだ。
ビーチ沿いのバーで、深夜まで。疲れてたにもかかわらず、ほろ酔いながら、宴は続いた。やっぱ、雰囲気もあるけど、気候や湿度も飲みには関係するなと思った。やっぱ沖縄の人達があれだけ深酒するのも分かる!
とにかく、ツアー無事に終えてよかった。

↑ダイヤモンドヘッドにて。かなりオノボリさん。

↑日本旅行のみなさんと。
○月×日
アロハ〜
いよいよやってきました。
ワイハ。しかも、ファンクラブツアーだぁ〜!わ〜カッコ悪うぅ〜(笑)。恥ずかしぴ〜。
そもそも、この企画去年の5月ぐらいから始まってて、最初は「えぇ〜っ」と思ったんだけど、「麗蘭もやったみたいですよ」と言われ「あ、そう!?じゃ行こうかな」と、超簡単にオッケーしてしまったのである。
後はやはり“ハワイ”という餌につられたのが正直な所(笑)。
で、僕は少し前乗りして、下調べ(という名のバカンスだが)をした。というのも、明日は僕がバスガイドになるからだ(笑)。
前に行った、店など忘れたのも多かったので、事前にいってみようという事で、こちらのコーディネーターさんと一緒にワイキキの反対側など、ぐるっと廻ってきた。最後に「パールハーバーに寄ってください」とお願いして、ミズーリー号までは行かなかったけど、駐車場まで行って“合掌”してきた。今年は丁度終戦60年だからね。手を合わせて来た。ま、後は大体寝てたんだけど...。
夜は、アメリカに来たなら肉!って事で、肉を焼きにいった。
アメリカっていっても、最近まではハワイ王国だったんだけどね。現地の人もみんな英語喋ってるもんな〜。
“支配される”って凄いな。言葉も変わって、法律もアイデンティーも変わって、50年もすればみんな昔の事を忘れるんだから。
日本がそうならないように祈る...。
それにしても、ハワイは気持ちいい〜。
やっぱ、風なんだよね。この風の為に来るといっても過言じゃない。
しかし、コーディネーターのホリさんは「たまに来るからいいんですよ。住めばこれが当たり前だから、何とも思わない」と、夢を打ち砕く発言(笑)。そして、その後入ったウクレレ屋でも、店のおじさんが他の客に「ここは仕事する所じゃないよ。遊びにくる所」と言ってた。やっぱ、こっちで働いてる人はみんなそうなんだね。
島を巡ってる時、墓場があって、もの凄いポップなんだよね。
ヤシの木が生えてて、綺麗に芝生が広がってて、鮮やかな花が咲いてて。日本でいう“畏れ(おそれ)”というのを全く感じなかった。夜でも行けるような感じ。こういう感覚って、日本とは決定的に違うなと思っていたら、よく見たらその芝生に日本の“お墓”がいくつか建っている。
これは、移民の人達のものなのか、ここへ移住してきた人達のものなのか分からない。いずれにしても、ハワイにも4世、5世にもなる日系の人達がいて、ひとつの国と文化になってるだな〜って事を、墓地を見てそう思った。
さて、明日は早起きだ〜。

↑コロナ少しで泥酔の筆者とウノ(日本と同じ格好...)。
○月×日
歓迎会
昨日は、海外から戻ってきたAIRの車谷君と1年振りに会った。
中西さんにお呼ばれして、岩沢君もいて、久々に僕も酒を飲んだ(抹茶割少しで即酔い)。
岩沢君には、『24』 のシーズン1、2を貸してて、というのも彼は何をするのも遅いので(笑)、無理矢理渡したんだけど、そうしたらやはりハマったみたいで、「更に家から出なくなりました」と言っていた(笑)。今度はシーズン3を渡そう(また家から出られないかな)。
岩沢君にも久々に会ったんだけど、前会った時の岩沢君の茨城弁の人の物まねが、頭から離れず(笑)、気づけば密かに一人で練習してた事を告白(笑)。久々に本物をまた見れて、何か超嬉しかった〜。
車谷君は、一年ほど海外に行っていて、本当楽しかったみたい。
毎日、海にいったり、バックパッカーのような旅をしたり、かなりのんびりできたって言ってた。
羨ましい〜。なかなかやりたくても実行できないもんね。こういうのって。欧米の人達にはこういう考えの人がたくさんいて、ワーキングホリデーで世界を旅する若者は多い。「今しかできない」とか「人生は一回だから」と、簡単に仕事を辞めて旅に出たりする。
車谷君の弟も、そういう人らしく、山やスキー場で働きながら、放浪してたみたい。僕の弟もそうだったので「似てるね〜」と盛り上がった。
いつか、僕もそんな旅をしてみたいな。
○月×日
ドイツへの道、第一章
いや〜勝った、勝った。
本当、勝つとは思わなかったな。
北朝鮮に入れられた前もその前から「あ、入る」という、弾道が見えた(笑)。
そこからの流れを見ても、いつもの悲観癖から「こりゃ駄目だ〜」と諦めた。
それだけに大黒のゴールには、大興奮!
いや〜、良かった。
今日はさっそくスポーツ新聞買いまくり(笑)。
色んな分析を読んだけど、「ジーコは愚者になる寸前だった」っていうのがあって、通常対戦前に「国内組でいく」などと、スタメンを発表するような事はしないと。案の定、三都主は研究されまくって、全然機能しなかった。そして、高原、中村が出た途端相手のディフェンスが混乱したと書いてあった。もし、ドローで終わっていたら、「ジーコ更迭論」も沸き起こっていたに違いないと。
しかも、ディフェンスの控えはいなく、その変わりが大黒だった。その大黒が結果的に「愚者」を「賢者」にしてしまうんだから、サッカーは恐ろしいスポーツだ。でも僕はカズのコメントが心強かった。
「要は勝てばいいんだよ。辛勝だろうが、大勝だろうが勝ち点3取れればいい」。
これは、あのカズが言うから重みがあるように思う。
数年前を考えたら、数倍逞しくなってるし、安心して見られる。
でも、イージーミスはまだまだ消えないね。この少しのタッチの差が、世界との差だと思う。
僕の中のMVPは、小笠原!
○月×日
清志郎さん35周年イベント
清志郎さんのデビュー35周年記念のイベント、2005★GOD Presents ROMANCE GRAY35に出させてもらう事になりました!
思えば、30周年ライブにも出させてもらったんだよね。
あの夢のようなイベントからもう5年か〜。早いような、遅いような。
とにかく、イチファンとして、楽しむっす。
みなさんも是非、遊びに来てください!
○月×日
バースデー
たくさんのバースデーメッセージ、ありがとう!
こういうのって、いくつになっても嬉しいものなんだね(笑)。昔は「誕生日なんてここ何年も忘れてる」っていう、大人がいたから「ふ〜ん、大人になったら誕生日忘れるんだ〜」って何となく思っていたけど、違うね!
6日の深夜、つまり誕生日の朝も僕はレコーディングをやってて、しかもミックスダウンがその日に終了という絶妙(なのかどうかは分からないが)のタイミング。とにかく、誕生日とともに、レコーディングが無事終了しました〜パチパチ!
最近、観たい映画目白押しだったので、誕生日の日なのに『RAY/レイ』を観てしまった(笑)。
いや〜、良かった。J・フォックスの余りにもの似すぎにまず驚いた。まるでレイ・チャールズが乗りうつったみたい!
あと、レコーディングシーンも良かった。『我が心のジョージア』ってあんな感じでレコーディングしてたんだね。コーラスもストリングスも、全部同じ部屋での一発録り。機材も当時のがちゃんと使われていて、それもマニア心をくすぐった。
一度でも生のレイを観たかったな。
何か、黒人ミュージシャンにありがちなんだけど、結構金を積まれると何でもやるというのがあって(笑)「え、そんなのもやるの?」みたいなね。チャックベリーもそうだし、ナットキングコールも日本語の歌とか歌ってるし、ジェームスブラウンもそういう感じがある。
レイ・チャールズも、色んな所に引っ張り出されてるから「いつでも観れるか」って思ってしまい、ついつい来日公演も行かずじまいだった。
そんな事もあり、同じミュージシャンとして、身につまされるシーンもあり、黒人問題、単なるコピーシンガーから、オリジナリティーを確立するまでの経過、見応えあったな。しかしジョージア州の州歌にもなった『我が心のジョージア』。それを歌ってるレイ・チャールズ本人が長年、黒人差別に反対してジョージア州への立ち入りを禁止されてたなんて知らなかった。
とにかく、誕生日に『RAY』を観たっていうのも、また僕っぽいかな(笑)。
それでは、みなさん、37の寺岡呼人も宜しくお願いします〜。

↑2月7日 午前4時。無事レコーディング終了〜。顔はボロボロ(笑)。
○月×日
陣中見舞い
昨日は、突貫工事のレコーディングの中、事務所の岡本さんと社長が陣中見舞いに来てくれた。
男ばかりのムサ苦しい仕事場、しかもレコーディングという外からみれば、かなりつまらない作業に来て、女子の岡本さんはビックリしただろうな。よく思う。ミュージシャンって一見華やかなイメージあるかもしれないけど、こういう現場みたらみんな「地味な仕事〜」って思うに違いないと(笑)。多分、何やってるかさっぱり分からないだろうな。
そして、ケンタッキーと一足早いバースデーケーキの差し入れ!
いや〜、これは嬉しかった。なんせ、ホント毎日毎日スタジオ生活で、弁当続きだったからね。
かなりの気分転換になりました。
レコーディングの方も、八合目あたりまでやって来ました。
今回、いわゆる外部のレコーディングスタジオは一回しか使わなかった。
本当の意味での“クライベイビースタジオサウンド”のアルバムになると思う。とはいえ、まだまだ試行錯誤しながらの音作りなんだけど。
普通のスタジオは、クライアントルームという、いわゆるロビーみたいなのがあって、エンジニアが作業してる間はそこでくつろいだりするのだが、勿論クライベイビーでは、そんな部屋はない(笑)。でも、音楽を作るのにクライアントルームがないと駄目か?というと、それは違う訳で、本当に“アトリエ”っぽい、テラオカ工房にて、音を創ってる感じで「これが基本だな」と思った。
あと毎回「車チェック」というのをやってて(笑)、ミックスダウンした音を車で聞くんだけど、今寒いから車まで行くのが大変で、車の中でも寒さで集中力がなくなり、それが大変(笑)。この季節ならではだけどね。
ま、何はともあれ、もうすぐ頂上だ。

↑でかいローソク3本と、小さいローソク7本....。
○月×日
伝統と進化とは
どの町にも寄り合いっていうのがあって、青年団とか名前は色々あるんだけど、子供の頃そうやって集まってる大人達を見た僕が親に「僕も大きくなったら、あんな感じであそこにおらんといけんの?」と心配そうな顔で質問したのが僕が吐いた名言(?)として親がよく持ち出す(笑)。
まるで、自分の将来が決まったような錯覚に陥ったのか、そんな風に歳をとっていく事が恐ろしかったのか、よく覚えてないんだけど「このまま、この町でじいさんになって、年老いていくのは嫌だ!」と思ってたんだと思う。
東京に出てきて、もう随分経つが、最近「寄り合い」ってものの良さもあるのかな、と思いだした。
長い日本の歴史の中から生まれたものだろうし、それがあって社会のバランスをとってた部分もあったのかなと。
“個人”というものを、ある時期から尊重した結果、その代償もまた、ここ最近の犯罪の種類をみてみると出てきてる気もする。
誰からも干渉されない生活を求めてきたはずなのに、それが孤独な犯罪者を生んだり、危ない大人を生んでるんだから皮肉なものだ。
博多の祭りの度に、日本中から博多もんが帰ってきたり、下町の祭りにやたら燃える江戸っ子。
そういうのって、やっぱいいよね。色々あっても、日本も形を変えてでも「寄り合い」みたいなものがまたちゃんと確立されないと駄目なのかも。いい風習は風化させたら駄目なんだって事を、もっと気づくべきなんだよね。中途半端なアメリカ化は一番危険だと思う。
とはいえ、僕が田舎に戻って「寄り合い」に参加するか?と言われると「うっ....」なのだが(笑)。
そういう意味では、今日本の「職人」の風化が一番もったいないと思う。
左官屋さんとか、和紙作り、醤油作り、漆職人....日本が世界に誇れる良さがどんどんなくなっていってる。
そういうのを、もっと国をあげてサポートすればいいのにね〜。